サーカスの開演

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サーカスの開演

  沈んだ夕日がほんの束の間、茜色に染まった夕焼けを残し黄昏に別れを告げる。東の空から深まった濃紺が夜の帳をおろし、夕闇が辺りを呑み込んでいく。  昼間はひっそりと形を潜めた静かなサーカスも、一度明かりがともれば途端に華やかさに包まれる。  照明に照射されたサーカステントは闇の中に燦然と浮かび上がり、圧倒的な存在感でそびえ立つ。カラフルな二色使いのストライプのテントがサーカスの存在を知らしめて、街の人々の目を引きつけた。  サーカスの開幕は小さな町の人の心を躍らせるには十分だった。  おいでよ、サーカス  楽しいサーカス  入口くぐれば夢の中    玉響(たまゆら)の夢を    一夜限りの幻想を    あなただけの為に    おいでよ、サーカス    楽しいサーカス    ぬばたまの今宵に    夢へと誘うサーカスへ  不思議な言葉に誘われて誰もがサーカスのゲートを潜っていく。宛(さなが)ら甘い蜜に誘われる蝶のように、人の波は途切れることを知らない。  お祭りを彷彿とさせる人の溢れかえり方に、少し遅めに到着した亜子はぎょっとした。あらかじめ小百合と雛子にチケットを渡しておいて正解だったと亜子は思った。  待ち合わせは会場の中。つまりは指定された座席で、である。  亜子、小百合、雛子の家はこのサーカスの場所から見て図ったかのように方々にあり、待ち合わせするとなるとサーカスの会場が一番理想的だったのである。けれど当日会場は混雑が予想されたため、サーカスで待ち合わせするにも会場の外ではなかなか落ち合えない場合、都合が悪い。そこでいらぬ手間を省くために会場内の座席でとした。  お陰でこの多さでも無事に小百合や雛子と会えるだろうかと心配をする必要がなく、距離的に一番家が近かった亜子は開演時間近くに到着したとしても詰る者はいない。  サーカスの会場は亜子の想像を遙かに超えてひどい賑わいで、以前亜子が訪れた時の閑散とした雰囲気はどこへやら、大盛況である。  アガレスサーカスと掲げられたゲートに一歩足を踏み入れれば、そこだけ日常から切り離された空間のように華やかで同じ街とはとても思えないほどだった。
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