サーカスの開演

3/13
前へ
/114ページ
次へ
 亜子はふと先日サーカステント内で会った男との会話を思い出す。  『このサーカスのチケットはちょっと特殊でね。現実世界から切り離して一時の夢を見せる。その為に呪(まじな)いを掛けているのだよ。サーカスを見に来た客が望みの夢が見れるように』  あれが呪い?  男から話を聞いたときは俄かに信じがたい話、いやかなり胡散臭い話にしか聞こえなかったが、こうやって半券が光に変わるのを見ていると本当に呪いなのだろうかと考えてしまう。しかし現実にはあり得ない話。大方、半券が光に変わる仕掛けのことでも呪いとでも言っているのだろう。その方が客をサーカスという舞台に引き込みやすいと思ったのだろう。  所詮は演出の一つに過ぎない。ならば、当日用のチケットでも問題はなかったのではないのか。自発的に消えたという当日用の茶色のチケットが消えなければだが。  亜子は自分の手にする赤いチケットを眺めてふと思う。  変なサーカス……。  数回茶色のチケットの半券が光の粒になって消えていく様子を見ているうちに、亜子の順番が回ってくる。亜子は自分の持っている赤いチケットを係りの男に手渡すと、途端に男が驚愕の表情を見せた。赤いチケットを何度も確認するように表裏と見て、最後にチケットに書かれたサインに目が止まる。止まったと同時に、係りの男は固まった。  固まったまま動かない男に、入場口の客の流れが亜子を先頭に止まってしまう。  今まで順調に流れていた客が止まり、徐々にテントの入場口前にも列が出来始めていく。  焦ったのは亜子である。  なぜ自分のチケットを見るや固まったのか? 何かまずいことでもあるのか?  何より自分の後ろに列が出来始め、進まない列にがやつき始める客になぜか亜子が焦ってしまう。  「あの、何か……?」  たまらず亜子は係りの男に声を掛けると、今度はチケットから視線を外し、亜子を凝視する。  ますます亜子は訳がわからず困惑した。  な、なんなのこの人……。  「だからあの……」  「なーに仕事サボって女の子見つめちゃってんのさ」  亜子の声を遮って、元気な声が降ってくる。亜子の前に現われたのはサーカスの団員の一人らしい男の子だった。
/114ページ

最初のコメントを投稿しよう!

65人が本棚に入れています
本棚に追加