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「普段、非協力的なまでに働かない人が働いていてビックリしただけ。チケット三枚も売り歩いて来ちゃてるからさ。おまけに君のはオーナーの直筆サイン入り」
「オーナー?」
「真夏でも顔色一つ変えずに正装してる奇特な人。会ったことない?」
言われて亜子の脳裏にシルクハットの男が横切っていく。
間違いなくあれだ。
亜子は微妙な表情を浮かべた。
「あー、えー、気怠い感じのシルクハット被った?」
すると、赤毛の男の子はぱっと表情が明るくなると破顔する。
「やった!女の子!!」
小さくガッツポーズで喜ぶやいなや人懐っこい笑みを亜子に向けた。赤毛の男の子の笑顔につられて、思わず亜子もにこりと笑ってしまう。なぜそんなにも喜ぶのか理由は些か不明ではあるが、亜子も悪い気はしなかった。
「俺、ルディ。君は?」
「え? ああ、樋山亜子よ」
「ヒヤマアコ。えーとアコね、アコ。うんうん、アコだね。覚えた覚えた。アコ、宜しく」
ルディは満面の笑みを浮かべて、握手とばかりに亜子に向けて手を差し出した。
つられて笑い、差し出されたルディの手を握り返した自分に亜子は内心呆れて苦笑した。警戒心を根こそぎ落としてしまうルディの気さくさは、ここまでくれば一種の武器だろう。
ニコニコとお互いに笑顔で握手を交す一場面。なんて社交的かつ友好的なのだろうとも思うが、いつまで経ってもルディは亜子の手を離さない。
流石に相手は初対面。たった今、友好的に握手を交わしたのに無下に振り払う訳にもいかず、亜子は笑顔をキープしたまま、ルディが手を離すのを待った。けれど、待てど暮らせどルディは亜子の手を離す気配を見せなかった。
とうとう痺れを切らした亜子はなるべく丁寧に断りを入れることにした。
「あのー、握手終わったし、手を離して欲しいんだけど」
「んー、無理。亜子が逃げないように捕まえてるから」
「はぁ?!」
先程と変わらない笑顔で爽やかに言われる台詞ではない。亜子は慌てて手を振りほどこうと手を上下させるも、無駄な努力に終わる。
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