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「亜子ちゃん。サーカスなんて滅多にくるもんじゃないし、いこうよ」
穏やかな口調で雛子が小百合の後押しをする。
明らかに嫌そうな顔をして、露骨に視線を逸らす亜子に拒否権は用意されていなかった。
多数決からしてもこの二人の雰囲気からしても亜子が口にするべき返事はすでに決まっていた。
「謹んでお誘いを受けさせて頂きます」
ま、負けた…。
ため息混じりにその言葉を口にした途端、なぜか敗北感が亜子を襲う。
サーカスが嫌いなわけではない。興味がないわけでもない。ただなんとなく面倒臭かった。
大方、サーカス当日は賑わうだろう。混み合うことが予想されるサーカスに乗り込んでいくなんて、なんて面倒なと亜子はどうしても思ってしまうのである。
そんな理由を掲げ、この二人の誘いを断れるとは亜子も思ってはいない。雛子はともかく、小百合を攻略できるはずがない。若さが足りないと一蹴されて終わり。
気は進まないが、結局亜子は二人とサーカスへ行く約束をしてしまったのである。
亜子は手に握るサーカスのチラシを少し恨めしげに見た。昼休み、二人に見せられたのと同じチラシ。
まだ記憶に新しい。
更に厄介なことにサーカス当日は混む筈だからと、半ば強引に前売り券を買いに行く羽目にまでなっていた。家がサーカスのテントから一番近いからという、合理的かつ理不尽な理由で。
不便なことにチケット販売はサーカスのテントでしか行っておらず、当日券購入が一番理想的なのだが、チケット売り場に並ぶことは必至。それは嫌だと小百合に言い切られてしまったのである。
別段見たいわけではないサーカスなのに、なぜだか自分が前売り券を買いにこの暑い最中(さなか)サーカスのテントまで足を運ぶ。
どんな構図だよ……。
ほんと、今日は厄日だ。
亜子はぶつめきながら渋々サーカスのテントのある街外れの広場へと歩を進めた。
歩み続けること暫く、ようやくサーカスのテントが目前に現れる。サーカスのテントに着いた頃にはさすがに辺りは薄暗くなっていた。
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