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伸ばせばもっと綺麗だろうと亜子は考えを巡らせる。
私も髪、勿体なかったかな。
背中まで伸ばしていたのだが切ってしまったのだ。皆が綺麗だねと言ってくれた髪だった。それも今はショートカット。
亜子は自然、自分の髪に触れていた。自分でも気に入っていたはずなのにいともあっさり切ってしまった。
暑いから――。
そんな理由で切ってしまった自分が正直今でも信じられない。
なんで急に切ったんだっけ?
考えて、ズキリとまた頬が熱を持ち、痛みが走る。直後、白昼夢でも見ているのかのように足元に髪が一房落ちていく情景がやけにリアルに見えた。
なに……これ……。
沸き立つ胸騒ぎ。落ちた髪にポタポタと赤い液体が滴となって落とされていく。赤い赤い液体。鉄の香りが鼻孔をくすぐり、それが血だと理解する。
赤い染みが広がり、世界が赤くなっていく。
何かが亜子を急き立てて、不安定に揺さ振られる。
……見たく、ないっ!
「アコ、ダメだよ。」
突如、響くルディの声に現実に引き戻される。
いつの間にか足を止めていたらしく、目の前にいるルディの金色の瞳が真っすぐに亜子を捉えていた。けれどその瞳は亜子を捉えているが、亜子を見ていない。亜子を通して確かに何かを見ているようだった。
「まだ思い出しちゃダメだよ」
先程までの明るく陽気な雰囲気は消えて、ルディの感情のこもらない声や表情は亜子をゾッとさせた。
「な、何を思い出すの…?」
ぎこちなく尋ねた亜子は固唾を呑む。蛇に睨まれた蛙のように亜子は立ちすくむことしか出来ない。
ピンと張り詰めた空気。
亜子の喉が緊張で上下した瞬間、
「なーんてね。」
ルディはにかっと冗談めかして笑ってみせると同時に、亜子の頬に冷たい何かを押しつけた。
「ひゃっ!何っ?」
ルディの手に握られているのは袋に入ったアイスキャンディー。
「あげる」
「あ、ありがとう」
緊張の糸がぷっつり切れて拍子抜けしてしまう。
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