サーカスの開演

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 「顔色悪いよ。人混みに酔った?それ食べたら少しは気が紛れると思うよ。俺の隠しストックからアコにプレゼント」  器用にウィンクするルディにいつの間に持ってきたのかわからないアイスキャンディーを渡されて、亜子は素直に受け取った。  人混みに酔った?  でも、今、確かに何か。  それからいくら考えても何も思い出せない。靄がかかり白昼夢を見たことですら定かでなくなってくる。  きっとルディの言うとおり人混みに酔ったのだろう。  人混みに酔うなんて疲れているのだろうか?  ルディに貰ったアイスキャンディーを食べて気分を落ち着かせる。  ひやりと口の中に広がる冷たさが心地よく、釈然としない蟠りがすっと消え去っていった。アイスクリームが口腔内の温度で溶かされて、喉へと流されていく感覚に実に似ていた。  「じゃ、そろそろ、客席に案内してあげる。」  ぐいっと手を引かれ、ルディと共に中央の入り口へと歩を進めたのだった。  細長い薄暗い通路を足下に規則正しく置かれたランタンが照らす。  進む先には光。進むにつれて光は大きく、そして強くなり通路を抜けた瞬間、眩いばかりの光が降り注ぐ。  ほんの束の間、眩しさに亜子は目を細めて、すぐに亜子は目を見開いた。  中央に設置された円形舞台。舞台を取り囲むように設置された客席。天井はサーカステントの中心とだけあって、どこまでも高い。 スポットライトが円形舞台を照らし出し、見渡せば他にも幾つもの照明が演出効果のためか設置してある。思っていた以上に客席と円形舞台の距離は近く、この距離感でサーカスが楽しめるのならばなかなかだろう。  ルディに手を引かれ、着いた先は最前列中央。気のせいでなければ、この会場で一番いい席と言っても過言ではない。すでにそこには亜子よりも早く来ていた雛子と小百合が座っており、到着した亜子を出迎えてくれた。  「ちょっと亜子。なんか凄い席に案内されてるんだけど」  「うんうん。最前列だなんて思わなかったから、案内されたときはビックリしちゃった」  小百合も雛子も少し興奮気味でやってきた亜子に話しかけて、すぐにルディの存在に目をとめた。
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