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昂希君の言っていた坂は、急な坂ではなかったものの、距離が長く、ブーツで歩くには確かにキツイものがあった。
それも何とか登りきり、その先にあった一本道を横断し、更に階段を上がった先。
「……」
目の前に広がる、鮮烈な景色を見て、私は言葉を失った。
一瞬、別世界に来たかのような……。
そんな錯覚さえ覚えたんだ。
青葉が広がる小高い丘に悠然と聳え立つ、大きな大きな、一本の桜の木。
淡く、それでいてはっきりと色付いた無数の花弁。
そよ風と踊るように、
ヒラヒラと、散っていく。
人生で初めて目にするこの光景を、表現する言葉が浮かばない。
いや、表す言葉なんて無いのかも知れない。
ただ言えるのは、心が安らぐような、暖かみのある場所だということ。
「ここ、よく祖母と来てたんだ。
春だけじゃなく。
暑い時も寒い時も」
瞬きを惜しんで見ている私の隣で昂希君が、語り口調で話を始めた。
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