第四抄

2/23
1614人が本棚に入れています
本棚に追加
/220ページ
ざざ、ざざ。 ざ、ざ、ざ。 鬱蒼と分厚い山々の樹木が音を立てる。 降りしきる雨が白い霧となって、山の空気をひんやりと冷えさせた。 山道を一人の男が歩いていた。 夏の時期、この辺りでは登山者は珍しくない。 「駄目だ。ここではない」 男が忌々しげに空を見上げる。 樹木の壁に視界を遮られて、居る場所を確かめる事が出来ない。 彼が目指しているのは人気のある道路である。 地図の上でも経験から言ってもたいした距離ではないはずだ。 それなのに何時間歩いても山を降りる事が出来ないでいる。 予定ではとっくに下山をしているはずなのだ。 一時間前までは、からっとした空模様だったが、急に雨が降って状況が悪化した。 何度修正しても、いつの間にか方向が狂ってしまう。 山登りに慣れているとは言え、この辺りの山を甘く見ていたつもりではない。 「遭難してしまったな……」 男はげっそりと言った。 もう一度方角を確かめ歩き出して数分ほど経った頃だろうか。 忍び寄った暗闇で一つの気配が動いた。 「誰かいるのか??」 男は足を早める。 ずっと独りで心細かったのだ。 すみません、と言いかけて顔を強張らせた。 凄まじい違和感に襲われたのだ。 相手に声をかけた事を後悔した。 ・
/220ページ

最初のコメントを投稿しよう!