第七抄

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照明のついてない廊下は真っ直ぐに伸びて、月光は入らず、辺りはしんと薄暗い。 先程の部屋は黄昏時のように暗かった。 茜は天井を仰いで、大きく息をつく。 どうしても感情がついていかない。 胸が痛いのに、悲しみよりもめまいがするような脱力感を伴っていた。 小さな風音。 そのかすかな音が響くほどの静寂。 黒々と闇が溜まり、寂しい空気すら漂わせている光景。 しばらくの間、ぼんやりと外の景色を見つめていたが、彼女は視線を奥の廊下へ向けた。 「――?」 ひそやかに、そこからとなく。 夜気に溶けて寄せてくるような声?思念? 本当に聞こえたかどうかも怪しい。 屋敷の渡る奥の廊下から小さなさえずりのような声が聞こえた。 一人だけで出た茜は不審の目を向ける。 奥に踏み込む。 危険。ひどく悪い胸騒ぎがする。 茜は違和感を確信した。 外はこんなにも静かなのに。 どくん、どくん、と動悸が激しく鳴る。 胸を掴んだ茜の目がわずかに見開かれる。 いつの間に。ひそりと。 奥の廊下に、足元の床を見つめている狂が――。 死の静寂をたたえた水の底のような空間に一人で居る。 ただ、目を開いている。 何か危うい一線で踏みとどまっているような、ぎりぎりと限界を超えて張り詰めたものを感じる。 きき。き。 さわさわと床の上で蠢く気配が応じた。 鼠ほどの大きさの生き物がそこで跳ねている。 ひょろ長い手足を伸ばし蜘蛛のように這いつくばる醜い妖魔。 レンと斑尾の妖気に引き寄せられた妖魔達だ。 「駄目……」 しばしの沈黙の後、ぽそりと茜は口を開いた。 それだけ呟くのが精一杯だった。 狂の視線がゆっくりと動く。 足元から逸れて、少し茜の方向へ。 「――」 彼女はその圧力に押されて思わず後じさる。 彼は無言のまま見ただけ。 き、き。 ききき。妖魔が狂の周囲を転げまわりながら笑う。 「鬼が、来る」 かすかに彼の唇が動いて低く歯を食いしばるような声が聞こえた。 .
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