第七抄

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重厚な木製の扉は手をかけると音もなく開いた。 躊躇する事も無く踏み込んだ狂に続く。 中には入ってみれば、一段と闇が濃い。 板張りの床、木壁に囲まれた細い廊下であった。 さらに、奥へ。 暗闇に沈む廊下を進み、奇妙な感覚に襲われた。 訝し気に茜が顔をあげた。 「ひ、ひええぇっ!!!か、肩っ、肩にっ!!?」 その視線の先で何かが素早く動いた。 彼の着流しの上に這うように飛び乗ったそれ。 一匹の大蜘蛛であった。 チキチキチキチキ。 チキチキチキチキチキ……。 小さな生き物は居座ったまま、耳障りな声を放った。 強力な念の凝りを感じる。 すうっと狂は目を細める。 「騒ぐな、呪い物だ」 伸ばした指先を大蜘蛛は、目にもとまらぬ早さですり抜けた。 跳ねて、ぺたりと床に墜ちると、カサカサとそのまま奥の暗闇に去った。 『チキチキ……ギギギ、狂様。コノママ、来イ』 ふいに大蜘蛛は人の声で言った。 あからさまに誘うその動きに、狂は無言で後を追う。 どこまで続くのか。 かなりの距離を歩いている気がする。 同じ場所をぐるぐると回っているだけのような感じもする。 これほどの奥行きはないはずなのに。 狭い廊下は進んでも何の変化を見せない。 と、ふいに視界が開けた。 いきなりの渡り廊下。 とろとろと空気が黒く染まって、無音の闇が広がるその廊下の果てに、二枚の襖があった。 金色に四季それぞれの美しい草花を襖に閉じ込めた図である。 這いていた大蜘蛛がそこでふわりと姿を消す。 狂は口元を引き締め、引手に手をかけて勢いよく開いた。 「――!?」 ふわり。 甘く強い香だ。 広い座敷の中央に、灯火に浮かび上がる女の姿があった。 雪のように純白無地の着物に、打掛を纏っていた女は静かに顔をあげると、狂を見て微笑んだ。 端坐している姿はどこか儚げな風情がある。 『狂様……待ち侘びてましたわ』 .
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