第七抄

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「――鬼姫」 狂は相手を見据えてぶっきらぼうに言った。 鬼姫はゆらりと立ち上がると、狂の背後にいた茜の存在に気づく。 『あら。卑しい小娘はどなたかしら?狂様一人で来ると思ってたのに』 鬼姫の声はとろりと甘い。 淡い藤色の髪、長い睫毛に憂えを帯びる瞳は、誰から見ても美姫である。 茜が見とれている反面、狂は嫌悪に顔を歪ませる。 打掛が揺れて衣擦れの音がした。 最期の言葉を聞き取りそこね、狂はかすかに目を見張った。 「下がれ!!」 チリッ。 茜の頬に走った熱い痛み。浅く裂かれた傷から血が一滴、滴り落ちた。 それは一瞬の出来事。 着流しが裂けるともに鮮血が舞う。 目の前にいる狂は激しい痛みに思わず呻き声を洩らす。苦痛に耐えきれず、その場で片膝をついた。 ほほ、と笑い声が響く。 濃紫の妖気をまとって、その場を微動だにした様子もなく微笑んでいた。 「!?き、狂……酷い怪我をしてるっ……血止めしなきゃ!」 「……茜、妖花の借りは返した。また来るぞ。後は自分で身を護れ!」 痛みをこらえた狂は刀を素早く抜き、狼狽える茜を叱咤する。 それを見た姫君の口元から笑みが消えた。 すいっと踏み込み、白々しい妖刀を構える狂。 艶のある漆黒の髪から覗く深い闇色の瞳。 感情の無い冷たい瞳では無く、まだ意志を保ってる瞳だ、と鬼姫には映った。 『足手纏いの子を庇うなんてらしくないわ。随分と府抜けたものね、狂様』 じわりと言い放つその面は凄惨な美をたたえている。鬼姫の双眸がカッと黄金色に輝いた。 .
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