第七抄

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ケケケ。ヒヒヒ。 ふいに木々が笑いをはらんでざあっと枝を揺らした。 鬼姫以外にも潜む者達の気配がある。 ここを抜け切る事は難しいだろう。 『何も知らない小娘に教えてあげましょうか。わらわは昔……愛する男と共に天下をもう少しで叶える所を、緋凰 時守(ヒオウ トキモリ)という陰陽師に潰されたのよ』 「――」 『そして、その陰陽師は愛する男の血を引く子と共にしていたの。あの人間が側にいる限り、叶わないのだといつも思い知らされたわ』 安倍晴明の子孫や霊能者、予見者などから一目置かれていたにも関わらず、彼は一人の子を連れて華やかな場から離れてひっそりと野に隠れた。 誰にも知られないように、家系以外は記録から名を消したという。 『まただわ……左腕の古傷が疼く』 鬼姫の眼が黄金色にぎらりと燃え上がった。 凄まじい殺気をあてられた茜はぎしっと金縛りにあう。そして、陶器のような冷たい手が彼女の首をゆっくりと絞め付ける。 「う、あぁ……っ!」 何という力だ。夢中で剥がそうと爪を立てるが、それはびくともしない。 『それは守るだけでなく、血を広げないからよ。連れていた子は卑しい人間の女から生まれながらも、愛する男の異形の血を色濃く継いでいた……狂様の先祖なの』 「先祖が異、形の血……!?」 苦しい呼吸を繰り返しながら、茜は鬼姫に視線を向けた。 愉悦に光る目を見た。 鬼姫は茜をなぶり殺す気だ。 『うふふ、わらわの苦しんだ痛みはもっと重い。小娘もゆるゆると苦しみを味わうのよ。一つ一つ抉って、切り落として血肉を喰らってやろう』 朧月のように霞む視界に、鬼姫がうすら寒い微笑みを浮かべているのが映った。 カタンッ――……。 何かが外れる音。 その瞬間、篝火が消え、笑みを浮かべる鬼姫の姿が闇に呑まれた。 びょぉぉぉぉおおおう!! 時間が凍り付く。 怒涛のような気が、謎の気配によって空間に解放された――。 .
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