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ふわぁり。
その記憶が遠ざかっていく。
どれくらいの時間が経過しているのか、どこに向かっているのか。
彼自身でも分からない。
いつの間にか、狂は水底のような闇に沈んでいた。
最初のうちは訳も分からず、ただ火の消えたような寂しさばかりを感じている。
ところが……じわじわと、痛みと共に怒りが込み上げてくる。
――久々見る康子の涙。
レンの傷んだ黒い羽と血痕が続く廊下。固く瞼を閉じる白い顔の斑尾。
一つ一つの記憶を確認させるかのように。
涙は出てこない。
ただ、胸の中で重苦しく黒いものがふつふつと。
その、途端に傷口に激痛が走った。
「……っ。まだ…ここで死ぬ訳には…いかない……!!」
ぎしぎしと軋む声を声帯から絞り出した。
反射的に傷口を手で押さえると、ぬるりと生温かいものが滑る。肉を引きちぎられるような鬼姫の猛毒に、彼の視界が暗く霞む。
禍根は残してはならない。
何としてでも……!!
ただ一つの想いだけが狂を縛る。
――もっと力があれば。
意識の深淵から吹き上げてくる声。
どくん!体内の血がそれに呼応した。
ぶわぁぁっ!
闇よりも昏い妖気が彼から空へと噴き上がった。
身体を炙るような毒がその瞬間に消え失せる。息苦しくもなく、安堵感が心を浸してゆく。
凝集された念に、狂の切れ長の目がすうっと細められた。
「結局、行きつく先はここか」
記憶によみがえる、父の無惨な姿。
人間の形を失い、ぶよぶよと震えていた黒い肉塊。
望む望まないも、濃く受け継いだ鬼の血。
心の闇の底のどこかでは、苦しみから解放される日が来る事を願っていた。
だが……生きてる限り、その願いが叶うのは難しい。ましてや、斑尾やレンや身内の者までも巻き込んでしまう。救われる事はない、と彼は思う。
――濃く受け継いだ血で、鬼姫を追いつめれるなら。
狂の唇がうっすらと笑みの形に引かれる。
蠱惑的な微笑を浮かべて。
封印を引きちぎろうと身悶えする血。
パキッ!
山媛から貰った鬼封じの黒水晶リングが圧に耐えきれず割れた。
凄まじい力が彼の内部で爆裂した――!!
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