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だが。
その恍惚とた表情が消えた。
『何をなさるの……』
信じられぬように、胸辺りに目を落とす。
まわした狂の腕が見事に鬼姫の背中を貫き通し、ぎちりと心臓を掴んでいた。鬼の血に染まって、自我を失うはずの狂によって。
「くっくく……やっと隙が出たな。お前は俺を甘く見過ぎてたようだ。初めてこの姿になったが、人間の部分はまだ消滅していない」
淡々とした声だけに、凄まじい殺気が潜んでいる。
――一つの肉体に二つの意識は存在しえない。まして、彼の精神を崩して、鬼の形質を引き出すのは完璧なはずだった。
彼女は素早く身を引こうとしたが、背中に食い込んだ腕をふりほどく事が出来ない。
恐ろしいほどの執念というべきか。
ぎしりと鷲掴みする力が強まり、肉がちぎれ、繊維がぶちぶちと音をたてた。
ずん、と空気が重く揺らいだ。
「離すか。お前はここで果てろ」
いんいんと瞳の形を失った彼の双眸。
さらに狂の身体に凝っていた闇が渦を巻いて膨張した。
カッ!!
次の瞬間、二人を包囲するように目映い暗金色の柱が出現した。
地から空へ一筋に伸びる妖気の光芒!
瞠目した茜にも凄まじい妖気の圧が襲い掛かった。
全身にはしった衝撃にたまらず彼女は悲鳴をあげる。妖気は触れてないものの、弾けた気の波動に吹っ飛ばされて、地面に叩きつけられた。
ここまで鬼の血を、自分の意志のままに操れる器というのか。
面白い。
まともに喰らった鬼姫の最期。
目の前に立つ男を見据える鬼姫に笑みが浮かんだ。
妖しく美しい面を歪ませた、凄惨な微笑。
全てほんの瞬きするほどの間の出来事である。
迸る鮮血はない。
ざらり、とその身が砂のように輪郭を曖昧にして崩れ始める。
鬼姫の身体は音もなく砕けて、微塵と化した――。
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