第七抄

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からり。 全身を崩した鬼姫の身体と着物が彼の腕から滑り落ちて…最後に重みのある物が地面に転がった。 視線を巡らせて、狂は表情を硬くする。 黄ばんで朽果てた左腕の骨が一つ、地面に落ちたのだ。 喰った人間の骨か。 思案する、狂の頭上で。 はるかな高みから吹き付ける風に、笑い声が混じった。ははは、ほほほ、と哄笑は不吉を告げる。 『最後の詰めは甘かったけど久しぶりに楽しめたわ。まだどこかでお会いしましょう、狂様……』 あーははは……高い笑い声。 その言葉が終わるとふつりと途絶える。 風が、妖気を押し流しはじめたのだ。 ひょうひょうと幻の桜の花びらがいっせいに舞い上がって、鮮やかな彩りを視界に広げる。 空気の色が変わる。空間に自然の音が戻っていた。 鳥たちの鳴き声。さやさやと揺るがせる樹木の音。 鬼姫によってつくられた異界が崩壊していく――。 「ちっ……悪知恵だけはよく働くな」 埋葬も供養もしていない死体の骨は魔性を受け入れやすい。狂が滅したのは、人骨を核にして具現された妖気の集合体だった。 心にわだかまる怒りに彼はぎりっと歯を食いしばる。 「狂……」 とそこへ、背後からよく聞きなれた声がかかった。 その気配に狂は静かに振り向く。 裂けた衣服の下に、幾筋も血が滲んだ茜がおぼつかない足取りで彼を凝視していたのだ。 いまだに吹き荒れる妖気の中心にある狂をたまらなく、怖いという目で。 「……」 どちらも何も言わない。 .
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