第七抄

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――近づいてくる。 何かが軋むようなその音はゆっくりと山道を進んでこちらに近づいてくる。 茜は油断なく身構えた。殺気は感じない。ただ、聞く者をぞっとさせる響きがあるからだ。 ギ、ギ。 やがて山道にその正体が姿を現した。 同時に音がそこでぴたりと止まる。 あれは、と茜は息をつめる。 そこに現れたのは牛車であった――。 糸毛車(イトゲグルマ)である。色糸で屋形全体を覆い飾った昔の車だ。 響いていたのはその輪が軋む音だった。 けれどもその車を引いているはずの牛の姿はない。 「……?」 ぴたりと止まっている牛車を茜は呆然と見つめている。 その時、こらえかねたように、くすくすと笑い声がした。 牛車の簾(スダレ)の中から。 柔らかな、喉を鳴らすように優し気な笑い声。 つづいて言葉が発せられる。 『――狂さん、いやぁあの鬼姫を退けるなんてお見事だねえ。お嬢さんとここでくたばっちゃうのは勿体ない気がするよ』 とろとろと靄(モヤ)が、牛車の輪郭を滲むようにぼやけさせる。 正体不明な相手に、彼女は狂を庇ってゆるりと後退った。微かな妖気。 「また……新な敵なの!?」 茜はキッと険がある言い方をする。 『あはは。やだな』 くつくつと柔らかな笑い声がまた応じた。 簾の奥から聞こえる声が静かに漂う――。 .
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