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『……っはぁ~。いつも此処は賑やかだなぁ』
休日は朝から沢山の客が路上を行き交わう。
渋谷センター街で一人の青年が気だるげに呟いた。
彼は、ただの暇つぶしで訪れていた。
喫茶店の前で、手に紙袋をぶら下げる彼はふあっとあくびをする。造りの整った柔らかな顔立ちは人懐こさを感じさせる。
漢民族が着る衣装と和服が融合した奇抜な姿でも、この場だと興味を示す者などいない。
車の騒音、人々の声や靴音がこもる通路を歩いてる時だろうか。
青年はふと足を止めた。同時にすっと目を細める。
地面から何かが噴き出している。
もやもやと黒い陽炎のようなそれ。
まわりの人間はまったく無関心だ。
いや、見えていない。それは人の心の奥底から生まれた魔。
『と、言いつつ……皆、大変だよねぇ』
彼は短く笑った。
明るく振る舞っても、負の感情を抱える人がこの場に集まった事から吹き溜まって生み出されたと。
東京は、人間が多いわりに魔封じをする意識が無いから魔が住みやすい。魔に毒された人間は、ほんのきっかけで抑制ができずに事件を起こしやすくなる。
だから、都内で事件や事故が絶えないんだと彼は思う。
『うん?』
彼の視線がふっと脇に逸れると、女の子が数人、彼を遠巻きにして見ている。
視線があうと、きゃあと赤らめている。
華やかなメイクに、奇抜な恰好もそうだが、黙っていれば女性めいて妖しくさえ見える美青年なのだ。
可愛くて若い女の子にもてはやされるのは全然、悪い気しない。
彼はへらっと笑みを浮かべて、手を振った。
案の定、彼女達はファンサを貰って喜んでいる。
喜んでくれて可愛いなあ、と呑気に調子のいいことを思う。
きゃあきゃあ、と女の子が更に歓声をあげた。
ふいに、彼は嫌な予感がした。
……何やらカツカツと足音が聞こえて来た。
真っ直ぐこちらに向かっている――。
そんなわけない、あの人はまだ家の中で安静しているはずだ。
鬼姫との激闘から解放され、まだ動けないはずだ。
そんな事をぐるぐると考えていると、足音が背後で止まった。
「凪……見つけるのに苦労したぞ。斑尾がまだ醒めていないというのに、お前はずいぶんと満喫してるな」
嫌な予感、ものすごく的中。
そっと振り向くと、冷静沈着に見えて険のこもる眼差しを向けている少年がいた――。
シンプルな私服を着ているが、すらりとした長身に似合っている。
漆黒の髪と瞳。
冷たいまでに整った美貌の少年。
通行人がすれ違うたびに彼の存在感に息をのみ、女性達はぽーっと見とれたのも無理もない。
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