第八抄

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『わー。麗しの狂さーん。ばれちゃったぁ?』 凪(ナギ)と呼ばれた青年はおどけてみせる。 しかし、素っ頓狂な声は出さずに、平然としたものだ。 頭を掻く仕草をしてへらりと笑みを浮かべた。 ごめんねーと、間延びした口調は狂の険悪な視線を強めさせる。 「開き直るな」 『ふふふ、狂さんったら見ない間に一段と男の色気が出てきたねぇ。あの女の子達も狂さんに釘付けだよ』 「――やめろ。お前はすぐにそうやって話をはぐらかす」 『えー本当の事だよ』 狂にしなりと寄り掛かかる凪の猫撫で声。 普段から妖を従えていて、異形の血を潜在的に継ぐ狂は、魔性の類に免疫ができている。 しかし、距離が近い上に馴れ馴れしい……この軟弱男の扱いはいつも慣れないのだ。 飄々とした態度に調子が狂う。 狂がすっと女子達を目をやると、見ていた彼女達は慌てて目を逸らして離れていった。きゃあきゃあと嬉しそうに駆け去っている。 何が面白いんだか。 狂はいささか呆れて女性たちを一瞥してから背中を返した。 「……凪、お前は俺が何を聞きたいかもう分かっているだろう」 束の間の沈黙があって、凪は口の端に薄い笑みを浮かべた。 ゆるやかに頷く。 『ふふ。斑尾君を醒ます方法でしょ?調べたら、その方法は一つあるね』 見た目頼りない容貌をしている彼に、狂がわざわざ頼る理由とは。 『……飲むと何でも治してしまう霊水が北の地にある。場所は岩手県の遠野(トオノ)だったかな。早池峰山(ハヤチネサン)のどこかに湧き出る霊水があって、それを持ち帰ると斑尾君は目を醒ますと思うよ』 さまざまな情報を知り尽くしている聡明な頭脳。 女性的といえるほど線の細い印象から、この男の本性を一目で見破ける者はいない。必要ならば、女装して男相手から聞き出すのもお手の物だ。 女遊びも情報交換の一つとして必要、と断言する…凪は、狂が太鼓判を押している情報屋さんなのだ。 「なるほど。遠野の霊水か……凪、色々と助かった」 狂が安堵するのを見て、凪は一旦言葉を切って肩をすくめた。 その表情は解決していないという意味だ。 ざわり、と風が通路を吹き抜ける。 それはどうだろう。 彼はわずかに目を伏せて、次の言葉を紡いだ。 .
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