第八抄

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視界に飛び込んだのは漆黒に焦げた地面。 炭になった板きれや木材が片付けられないまま転がっている。よく見れば、愛宕神社の残骸だと知れた。 炎に弾け、激しく燃え落ちたのが分かる。 凪と運転手が言っていた、僧侶が死んだ時に共に燃え落ちたという社だ。 傾いた板壁がわずかに残っている。 思ったより、小さな社だった。 『あらら、修復は厳しいね』 凪が炭化した残骸に手を触れれば、ぼろぼろに崩れる。 「――何かあるぞ」 焼け跡を足で踏みしめながら、狂は灰に半ば埋まっていた箱を見つけ出した。屈んだ姿勢で、それを拾い上げる。 僧侶が大切におさめたであろう、木箱だ。 どのみち箱自体も破損している為、開けるのは簡単だった。 狂は眉をひそめた。 中に入っていたのは、石――。 高熱によって炙られ、黒く表面がすすけた石だった。手のひらに乗るほどで一見、何の変哲もない。 『へえー。御神体だった、にしては随分と小さいね。少し状況が掴めて来たかも』 狂が顔をあげると、凪が木箱を見下ろすように覗き込んでいた。そして穏やかならぬ事を続ける。 『この神社は、火伏せする気を補強する場であって。さっき見たのは早池峰山を覆う水の霊気だったね。そこまで水の霊気が覆う事って……此処が元々、火の気が発生しやすい場所だったんだよ』 先ほど見た壮大に蒼くゆたう結界。 昔の人々が年月をかけて、天に祈り、儀式と祭りを繰り返して。 ゆっくりと生命を育てるように。 厄災を退けて幸せを願い想いを凝らして…水の気が早池峰山に生まれた。 愛宕神社は、その化身を身近に感じる為に祀られただけ。 この世の理(コトワリ)によって、水は火を抑えるもの。 雨がこれほど降っていて、正常な水の気を持つのならば火を起こす事は無い。 長い年をかけて生まれた水の気が火の気に……。 『要するに、この前の山火事は、誰のせいでもない。神社も含めて早池峰山全体が火の気に負けるほど既に弱ってたからだ』 この地の守りがあまりにも脆い。 火の気が必要以上に強くなり、この世の理が狂い始めている――。過去に葬り去られた凶事がこの地に具現し始めている、という事だ。 狂はふっと地面を凝視して、地面に手を触れた。 手のひらを滑らせるように押し当てると、彼の肩が強張ったように揺れる。 「凪の推理は間違ってないようだ」 違和感の正体が分かった気がする。 肌や神経で分かるほどの量ではないが、凝らせば、霊気とは別に邪気がわずかに漏れていた。 .
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