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『狂さん、この場だけでも祓える?』
「やってみる」
狂はこの場に残る邪気と対峙する。
動作の邪魔になる上着を脱ぎ捨てた。
持参していたペットボトルの蓋を開けると、目を閉じて気を凝らした。
ちりちりと彼の周りから白一色の霊気が渦をまいて身を包み込む。
「我の手で取りて放てば、禍津日神(マガツヒノカミ)を鎮むる霊水となる――」
水に霊気を吹き込み、鎮静する詠唱。
ペットボトルの中にある透明な水が、やがて淡い水色の輝きと化した。
仄かに立ち昇る水の霊気。
「急急如律令退魔(キュウキュウニョリツリョウタイマ)!」
地面にそれをふるおうとした、寸前。
彼の声に呼応したかのように、強い風が吹く!
「なに……!?」
――邪魔された。呪が途切れた狂は目を瞠る。
肌を灼くような熱風が駆け抜け、離れた地点に突如、炎渦が出現した。
それが弾ける。
シャーッ!
火炎の色が閃いた。現れたのは、細長い四足獣の火塊。
ごう。
火の獣は毛を逆立てるように紅蓮の色を吹いた。
『ええと、あれは貂火(イタチビ)だ。火の気から生まれた妖だね』
凪は相手を確認して、顔をしかめた。
火に属する妖怪。草木を枯らして、水を干上がらせては干ばつの災いを招き、妖火を放っては火の禍を招くという。
ごう。
ごううぅ。
猛った鳴き声をあげ、ぐうっと身体を低くする。
飛びかかる姿勢だ。
「来るぞ。避けろ!」
瞬時に妖の姿が視界からかき消える。
次には狂めがけて、火飛沫のような爪が飛んだ。
速い。駆ければ疾風のごとく。
狂と凪はぎりぎりで、地で蹴って攻撃をかわす。
再び、狂の横合いから爪が閃いた。
しゅん、と高熱に空気が灼ける。
触れるか触れないかのところでバチッと青い火花が飛んだ。
目に見えぬ壁が狂をとり巻いて出現していた。
護身の結界を巡らす為に放たれた真言。
「見てるだけでも暑苦しいな、お前」
狂は背後に飛びすさり、シャツを見下ろして焦げていないかをちらりと確認した。冷たく整った表情と眼差しが鼬火をぎろりと見え据える。
シャー―ッ!
怒りに満ちた獣の咆哮が響く。全身を包む炎よりも激しく、獣の眼が燃えた。
殺気。
その気配に身構えた凪が狂の名前を叫ぶ。
ふっとまたも、鼬火の姿が消滅する。
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