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僕は恐怖に震えるグレーテルを匿(かくま)う振りをして、ある場所へと導いた。
すべての始まりの場所。
そう、かまどの中へ。
グレーテルは一瞬、躊躇(ちゅうちょ)した。
でもそれは、灰だらけのかまどに入りたくないというだけで、かつて僕をここに閉じ込めたことへの罪悪感からではない。
「いやよ! こんなところに入ったら、灰まみれになるじゃない!!」
かなり嫌そうだったが、グレーテルはかまどの中に入った。
ほかに逃げる場所も隠れる場所もない。
死ぬよりも灰まみれになるほうがましだと思ったのだろう。
「何やってるの? 早く扉を閉めてよ! じゃないと見つかっちゃうでしょ!? ほんっとグズなんだから!!」
そんなに慌てることはないよ。
僕はもともと調理場の床に置かれていた容器を手に取った。
中には液体が入っている。
僕はその液体をかまどの中のグレーテルに振りかけた。
「きゃあ! 何これ!? ベトベトする~」
グレーテルが言い終わらないうちに僕は容器を置いて、代わりにマッチ箱を手に取った。
シュッと音を立てて火の帽子を被(かぶ)ったマッチを、僕はかまどの中に放り込んだ。
急いで扉を閉め、指で弾(はじ)いて引っ掛け式の鍵を掛ける。
「ギャーーーー!!!!!」
かまどの中から悲鳴が上がる。
グレーテルの……いや、油に塗(まみ)れた魔女の悲鳴が。
「助けてっ! ここを開けてっ!!」
かまどの中からドンドンと扉を叩く音がする。
魔女の哀願が聞こえる。
だが、そのどちらも僕の心に響くことはなかった。
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