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「この家を出ましょう。お兄様」
ある秋の夜、隙間風(すきまかぜ)の入る我が家で、寝ようとしていた僕にグレーテルはこう言った。
「今日の夕飯。なによ、あれっ!? 歯が折れそうな固いパンに水みたいなスープだけ! これじゃ、飢え死にしちゃうわっ!!」
寝る前に今日の愚痴(ぐち)を僕にぶちまけるのが、グレーテルの毎日の日課だ。
「このままじゃ私たち、飢え死にしちゃうわっ! 私はそんなのイヤよ! それだったら、都会に行ってどっかの金持ちをだまくらかして一生面倒見てもらった方がまだマシだわ!!」
だからって、すぐに『家を出よう』という発想はどうだろう?
僕はグレーテルにばれないよう、小さくため息を吐いた。
世の中、そんなに甘いわけがないじゃないか。
あまり乗り気ではない僕にグレーテルが罵声(ばせい)を浴びせる。
「どうせ、どこで何をしようが、グズはグズのままなんだから! だったら、私についてきてくれてもいいじゃない?」
まるで女王様のように振舞(ふるま)うグレーテル。
僕が物心ついたときから、グレーテルはこうだった。
何故そんな性格になったのかと訊かれてもわからない。
ただ、グレーテルは生まれつき何かが欠けていたとしか言いようがない。
天使のような微笑みを浮かべながら捕らえた蝶の羽を毟(むし)り取り、自分より弱いと思ったものは徹底的に痛めつける。
グレーテルはきっと、この世界はすべて自分の思い通りになると思っているのだ。
それなら、誰に対してもそういう態度をとればいいのに、グレーテルは自分のその性格が、世間ではマイナスになることを、本能的に悟っているのだろう。
この世界で上手く生きていくためにグレーテルは、人前では天使の仮面をかぶり、その反動として要領の悪い僕の前では仮面の下の本性をさらす。
我儘(わがまま)で傲慢(ごうまん)で残虐(ざんぎゃく)さを秘めた素顔を。
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