幕間で考える役者たち

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     でも、腰が抜けて立てなかった。その場にしゃがみ込んでしまう。やっぱり怖かったのかもしれない。空を飛んだことなんてなかったから。  心配して伸ばしてくれた月泥棒の手を払い、納呀は、感情とは関係なく流れる涙の不思議を考えてみた。  時計塔には涼しい風が吹いているのだった。夜は安物の絵具で描いたように鮮やかな青い色。 「Ilias.」と、月泥棒が言った。「おや君は泣いているのだね」  ……わからない、と、納呀は答えた。 「ただ、《自分》が、手の届かないところまで遠くなっていくようで、 「夜空が美しくて、 「優しくて、 「ああ、なんて切ない。切なさで心が壊れてしまそう。どうして余は泣いているのかな。何だか、もう何もかも嫌だ」と、納呀は、思った。  納呀は膝を抱えた。心が痛い。もう何も見たくない気持がする。 「Ilias.君は長きに亘る寝台生活にすっかり毒されてしまったようだね。心より先に体が反応しているよ。君が涙を流しているのは感動しているからに外ならない。今夜の市街は美しかった、……君はもっと世界を知るべきだね」 「……嫌だ」 「Ilias.」  月泥棒は納呀の顔を上げさせ、その顎に指先を当ててKissをした。納呀は、突然のことにきょとんとして、抵抗もせず、されるがままに月泥棒を見た。 「Ilias.君はいい子だ。君が君のこころにもっと素直になれるのなら、世界はもっともっと素晴らしくなるよ!」  そうして、耳が腐り落ちそうな台詞を真顔で連発した彼は、納呀の手に青い薔薇を握らせ、紙吹雪とともに夜空へ消え去ったのだった。  
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