伊織ノ章~序~

2/9
前へ
/56ページ
次へ
「く…っ、う…」 また、この夢だ。 夢の中で俺は、行灯に照らされる部屋の中にいる。 一人じゃない。 誰かの懐に抱かれている。 力強く、でも優しく、母のような暖かい感触。 その中で俺は泣いている。 悲しいからなのか、悔しいからなのか、それとも嬉しいのか。 わからないけれど、涙が後から後から流れてくる。 いつもならここで夢が終わる。 だけど今夜はそこで終わらなかった。 『…きだ…きだ』 俺を抱いている誰かが何かを言う。 それを受けて俺は更に泣いてしまう。 きだ。それが夢の中の俺の名前なのか? ぎゅっとその人の着物を掴んだ。 「…い…ぉ…」 今度は違う声がする。 誰? 「…ぉり…伊織…伊織くん」 ふっと目を開けた。 見慣れた天井と、俺を覗き込む心配そうな顔。 「鷹雪(タカユキ)さん…いらしてたんですか」 俺はむくりと起き上がった。 「あぁ、お早う。道定(ミチサダ)に君を起こしてくるように言われてね。 …大丈夫かい?」 「えっ?」 「泣いているよ」 「…あ」 頬を拭うと、指に涙がついていた。 「うなされていたし。悪い夢でも見たのかい?」 「…悪い夢じゃないんですけど、ここ最近同じ夢ばかりを見るんです。 起きると、今みたいに泣いていて」 「寝不足になったりしていない?」 「それはもう全然!!」 笑いかけると、鷹雪さんも笑って「それなら良かった」と言った。 「それより、どうしたんです?こんな朝早くに」 「道定に用事ついでに朝ごはんをご馳走になろうと思ったんだよ」 「えっ?あ、もうそんな時間ですか!?すぐに用意しますから!!」 「急がなくていいよ。その間に道定との用を済ませておくから」 「すいません、じゃあ…なるべく早く用意しますね」 「ありがとう、では僕は先に降りているよ」 そう言って鷹雪さんは部屋を出ていった。
/56ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加