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東雲(シノノメ)鷹雪さんは、俺の憧れの人だ。
幼い頃に両親を亡くした鷹雪さんは、父上が東雲家と懇意にしていた縁で俺や兄貴と三人、兄弟のようにして育った。
三人で、この月岡道場師範である父上の鬼のような剣術の稽古を受けていた頃は、昨日のことのようだ。
元服した後の鷹雪さんは、その人柄に惚れ込んだ呉服屋の旦那の援助で自らの剣術道場を開いた。
「剣は凶器だけれど、だからこそ僕は誰かを守るために剣を振るいたいんだよ」
東雲道場を開いた直後、挨拶に行った時に鷹雪さんはそう言った。
剣術の稽古なんて苦しいばかりだと感じていた俺は、その言葉に感銘を受けた。
俺も、誰かを守りたい。
その為に強くなりたい。
うちの馬鹿兄貴とは比べ物にならない程の良く出来たお方で、俺は実の兄のように慕っているのだ。
「伊織ー。飯まだかぁ?」
台所を覗き込んでいるのが件の馬鹿兄貴。道定だ。
「先に起きてるなら、たまには兄貴が用意してくれてもいいだろ」
「お前なぁ、俺の料理は食えたものじゃねぇことはお前が一番よく知ってるじゃねぇか」
「料理だって修行すれば上手くなるさ。面倒くさがって何もしないのが悪いんじゃないか」
「へいへい。出来上がったら呼んでくれー。鷹雪と道場にいるから」
「ったく…」
ヒラヒラと手を振って出ていく兄貴の背中に悪態の一つでもついてやりたくなる。
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