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私は男の顔を見つめる。
他に何をしたらいいのか……分からなかった。
「……僕は浅木。博士と呼んでくれ。ここではそう呼ばれている」
突然、男は自己紹介を始めた。
私もつられて名を名乗ろうとしたのだが、自分の名前が頭に浮かんでこない。
「え、と……私は」
「君の名前は七海だ。名字も……僕は知っているから思い出そうとしなくていい」
博士は私の状況を察知したのか、本来私が口にするべき名前を、博士が口にしてしまった。
「……私、本当に何も覚えてないんだ……」
ふと、呟く。
なんだか悲しかった。
戦争が絶えない中でも、それなりに幸せな日々を過ごしていた気がするのに……
心臓を手放しただけでなく、私には、そんな記憶ですらないんだ。
そう思うと、無性に悲しかった。
すると、博士はそんな私に驚きの言葉をかけた。
「記憶なんて、あっても自分の妨げになるだけだ。
必死ないモノだよ」
私は博士のその言葉に食らい付く。
「そんなことないわ! ……幸せな記憶は、自分の背中を押してくれるものだもの!」
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