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その父親のもとへと、彼女はおぼつかない足取りで力無く歩いていく。
呼ばれている。
だから、行かなければ…
…また、殴られる。
…こんな日常…もうイヤ…────
その彼女の手元を見ると、片方には包丁を握りしめていた。
…彼女が部屋を出る前に、棚の上から取ったのはそれなのである。
そして、彼女は父親のいる部屋へと入る。
当然のことながら、父親だと思われる男はそれを見て、怒りに膨れ上がっていた顔が一気に青ざめた表情に変わっていった。
彼女は、包丁を両手できつく握りしめると、一歩ずつ、まるで今までの憎悪や苦しみを全て込めるかのように、ゆっくりと踏みしめて父親に近づく。
父親は、軽く悲鳴のような声をあげながら、後ろへと下がっていく。だが、彼はもう既に壁まで追い込まれて逃げ場の無い状態に陥り、恐ろしさのあまりか、腰を抜かして小さく震えながら床へと身体を落としていた。
そんな父親には構いもせず、彼女はついに目の前まで迫る。
虚ろな瞳の奥底に宿る殺気じみた目で父親を見下しながら、包丁を持った両手をスッと上げ、覚悟を決めたように深呼吸した。
「………さよなら……とうさん…」
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