セカイのはじまり

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 それに気づくと、俯いていた彼女はハッと我に還る。少し頭を上げると、彼女の前には、腰を屈めて彼女に傘を差している人の姿があった。 「───…どないしたん?」  その人物が静かに話しかけてくると、彼女は一瞬ビクッと肩を震わせるものの、それ以上の驚く素振りはせず、おそるおそるだが無意識に顔を上げて相手を見た。  彼女の前にいたのは、若い男性だった。薄暗いので顔はあまり明確には見えなかったが、声からして間違いは無いだろう。  彼は自分のスーツが濡れていることなど気に止めず、座り込んでいた彼女に傘を差し出し、彼女にかかる雨を全て遮ってくれていた。 「……大丈夫か?」  先程の彼女の反応に違和感を覚えたのか、その男性は気遣いながらも、もう一度だけ小さく声をかけた。  …とても優しい声だった。 そんな優しい声など、母が亡くなって以来聞いていなかったせいか、彼女の心にはとても懐かしく、そして静かに染み渡っていた。 「……」  しかし彼女は言葉を返さない。 いや、返せないと言う方が妥当なのかもしれない。
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