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何せ生まれてから後、父親以外の男性となど話したことも無く、ましてや父親からの暴力を長年受けていたのだ。
そのせいか、男性には恐怖しか抱けぬようになり、どれだけ優しくされてもどう受け答えすれば良いのかも全く分からないのである。
「…自分ちには帰らへんの?」
未だに心配そうに語りかけてくる男性に、彼女は視線を落として無言で聞いていただけだったが、この言葉にだけは首を縦に振った。
その単純な反応には男性も何かを察したのか、そうか、と呟くと、下に少し俯き黙り込んだ。
そして再び路地裏に静寂が訪れ、雨音だけが響いていた。
────しばらく間を空けてから、男性が想像もつかない言葉を彼女に発した。
「…なら、俺んとこ来るか?」
直後、彼女は俯く顔を上げて唖然とした。
…それもそうだろう。何せ見ず知らずの男性が、こんな薄暗い路地裏で薄汚い格好の女に向かって、自宅に来ないかと唐突に言うのである。
流石に彼女も、この言葉には目を丸くした。
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