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と小泉は言うが、温室育ちのお嬢様には解るまい。姉がわしが七歳くらいのとき学校でその騒ぎのせいで陰で泣いていたことがあった。わしには語らなかったが、捨ててあった、姉の日記帳から解ったことだが、大変じゃったじゃろうと思った。姉は少なくとも小泉のように、昔のことは語らない。過去のことは問われたくない人間じゃ、だからもう見逃してやってほしい。 わしは「姉上はそんなこと忘れておるぞ。過去から抜け出せよ」と溜め息混じりに小泉に言い聞かす。 小泉は自分が美人であることに誇りを持っていて、姉とはタイプの違う人間だ。そんなこんなで関わりたくなかった。 当時、姉と双璧と謳われた身でありながら、姉に一目も置いてもらえていないことを屈辱的に思っているらしく、憎しみと敵情視察を込めて、わしに当時のことと姉の現在のことを聞いてくるのであった。ま、一種の病気じゃな。もっと周りを見んと、お前のことを美しいと言って、慕ってくる者は多いだろうに…幸福になれんよな。わしは困惑した気持ちになりながら、菓子をほおばるのをやめる。 小泉は微笑みながら、話を他へ移す。 「叶君ってば、お姉ちゃんのことになると必死になるんだもん。面食らっちゃう。わたしには妹はいるけど、弟はいないし、異性の兄弟から見て、お姉ちゃんってどういう感じ?」 一瞬焦った。わしは今朝見た、姉の顔が頭を過ぎって心が熱くなるのを感じて、即答で「普通」とだけ言って済ませる。 小泉はふーんと言うと、次に 「あの人、優しくて実行力があるもんね、誰からも愛されると思うなぁ。叶君は幸せ者だね」 と切れ長の瞳でまじまじとわしの目の奥を探ってくる。…いかんな… わしは「もういい、戻る」と言って、飛び退くようにして椅子から離れ、教室に走った。 姉にあんな思いを抱いてしまったのは不覚じゃったわい… 階段でいつもの運動不足がたたって躓きそうになりながら、一心不乱に走った。 わしのこの気持ちが納まればこんなこともなくなるであろう、しばしの辛抱じゃ。
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