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叶
六月某日、暮れ六つに大雨、街の大路には、人一人としていないのだった。
ただ近くでは、トロンカラントロロンカランと木琴の音が鳴っている。
それはまだ幼い近所の童、紗枝坊の叩く木琴の音じゃ。
近づいて見るに、紗枝坊と親の敦朗太が座敷に座っている。
わしはまだ濡れて間もない足先でその座敷へ上がる。
敦朗太は、
「叶、よく来たな、今日もお母さんたちはまだかい?」
と聞いてくる。まぁよくも聞いてきたもんだ。敦朗太の奴、わしに父や母がいないのを知ってわざとそんなことを言ってくるのだ。しかし、わしもまだ十六じゃ、そのような冗談は通用せん、通用せん。わしはむきになって「そんなものはおらん!」と答える。すると溜め息混じりで聞いてくる。
「お前を育ててくれた潤菜は、お前のために物心ついた頃には朝も晩も働いてくたびれて帰ってきよる、あれを母とは言わないのか…」
と。
潤菜はわしの姉だが、わしとは不釣り合いなくらいよくできた姉だ。わしが将棋でせこい手を使われて嫌な気分になっているときも「あの子は勝ちたかったんだよ。でもね、あなたの気持ちもよく解るわ…」と言って慰めてくれた優しい姉だ。
しかし、何故そのような話をするのだ?敦朗太よ。…そういうことか。
そう察すると、興味に誘われて紗枝坊の木琴を聴きに座敷へ上がったが、敦朗太の奴が我が子と戯れる貴重な時間を邪魔したわしが気に食わなんだか、わしは紗枝坊にも木琴を誉めずに、その場を後にする。
雨は降りしきる、間を空けず。どんどん降り続いて、足元をぐだぐだにしていった。
「…叶…」
「おかえり姉上」
気づくと日付も変わって、翌昼の中頃だった。雨に打たれた疲れで随分と眠りこけてしまった。姉が飯ができたという声で目を覚ます。大体自分本位な考えのわしは姉の心配など気にならなかったが、目を覚ますと同時に姉の艶めいた唇が囁く。
「もう、あなたは自分勝手なんだから。さっさと食べて片付けてしまいなさい」
と。
わしは姉に言われるがまま
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