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目が合う。男の人は口元を上げて、そのまま御神木の横も通り過ぎて林の中に消えてしまった。出口あっちじゃないけど、大丈夫なのかな。暗いのに。別に迷子になってもいいんだけど。
とにかく、祭りのイレギュラーは突然現れて、早くも過ぎ去った。俄かに周りの人たちもぼそぼそ話し出す。すっかり忘れてたけどみんな居たんだね。静かすぎ。みんなもびっくりしてるんだろう。
先輩。先輩は、未だに男の人が消えていった方向を見つめたまんまだ。どうしたんだ。あんなにはきはきしてる先輩が、今は全然動かない。
「夏海!」
春栄さんが止まってしまっている先輩を社から大声で呼ぶ。まるで廃人のような先輩は、祖母の呼び声すらも耳に入っていないらしい。ホント大丈夫かな。
そのとき、先輩の口が微かに動いた。
「夏海! 帰ってきい!」
さっきよりも一段と大きい春栄さんの声。数分振りに反応した先輩は、目覚めたように顔を上げたかと思うと、神輿から飛び降りて一目散に社へと走っていった。
これにはまた観衆の騒ぎも増す。でも僕はそんなこと一切気にならなかった。
さっき先輩が言った言葉。四文字の何かを考えていた。口の形だけ見たら――
――ウ、エ、ウ、イ?
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