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潮風にも飽きてきた。
船出をしてから、何回夜が明けただろうか。
「陸が見えたぞ」
船頭の声を耳にして、船に乗っていた全員が船首に集まって騒ぎだした。
ようやく陸に立てるだの、もう船旅はいやだ、などと好き勝手にこぼしている。
その中にあって、彼だけが一度も口を開かなかった。
伸びた黒髪を背中で束ねた、鋭い眼の青年――超水。
最後の出港から、髭を剃ることができないでいる。おかげで、口周りに黒い縁が浮かび上がってしまった。
「あんた、どこから?」
不意に、彼の後ろに座っていた初老の男が問い掛けてきた。
「煉州から」
「へぇ、あんな東の隅からわざわざ西の隅に? 物好きだね」
「あの国は居心地が悪くてね」
超水は頭をかいた。
それから小さく息を吸って、
「ここで仕事を探すつもりだ」
力強く言った。
二枚の帆を張った木船が丸太造りの桟橋に横付けすると、そこから乗客が一斉に降りた。
超水と初老の男だけが、少し時間をおいてから船を出る。
中年の船頭は、作り慣れたような笑みを浮かべて二人を送り出す。そして、次の船出への準備を始めるのだった。
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