はじまりの結婚式

18/23
前へ
/112ページ
次へ
「知るか、そんなこと。だいたい今の僕に生きたいも死にたいもないだろ。医者も僕の命に匙を投げたからICUからこの個室に移した。他の患者達もそれを知っているから誰もこの部屋に近づかない。皆、もうじき死ぬ人間と関わりたくないんだ。僕と関わってたら自分の死を意識しちゃうから。結果、この病院の患者達はここを“開かずの個室”と呼んでいる。僕に言わせれば“開けずの個室”の方が正しいと思うけどな。別に僕が部屋に鍵を掛けているわけじゃないんだ。他の患者達が死期間近の僕と患者自身の死を忌み嫌ってこの部屋の扉を開けないというのが真実だ。まあ、でも“開けずの個室”も少し違うかな。患者達の本心では“死を待つ人の家”ならぬ“死を待つ人の個室”とでも呼びたいんだろうと思うよ。実際、その通りだし。しかし、患者達のちっぽけな良心でそうは呼ばないだけさ」  彼女は白い壁を見つめたまま黙った。僕も白い天井を見つめたまま黙った。二人で沈黙を共有した。結婚式を挙げたての男女が沈黙を共有するのも悪くないな。僕がそんなことを思いながら男女の沈黙の妙を堪能していた興味深い一時を彼女の明るいトーンに変わった声がぶち壊した。
/112ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加