はじまりの結婚式

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 彼女が去った個室で僕は一人きりになった。スタッフが誰も来ない。ドアもしっかり閉まっている。この“死を待つ人の個室”で一人きりになったのは初めてのことだ。この病院のシステム上、僕クラスの重篤患者を一人きりにするなんてあってはならないことなんだけれど。でも個室で一人きりになれないというのは本来おかしな話なんだ。一人きりになれない個室は個室とは言えないじゃないか。  本来のあるべき姿になった個室で僕は目を閉じた。目蓋の裏に彼女の暖かい笑顔、看護師としててきぱきと働く姿、僕がいき過ぎたブラックジョークを言った時の僕を睨む顔、今日の紅白ウェディングドレス姿、さっきの凛とした表情、真っすぐな瞳……、いろんな彼女が尽きることなく浮かんでは消えた。彼女といる時より一人きりの方が彼女を魅力的に感じる。男と女のアイロニー、いや男と女のブラックジョークだな。でもこんなブラックジョーク、笑えないね。彼女じゃないけどこんなブラックジョークを飛ばす奴を睨みたくなるよ。
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