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ゆっくりと確実に近づいてくる鎖の音で
目を覚ますのが、
囚われ人となった元就の日課となって久しい。
「よぉ、気分はどうだ?」
そう言って
古今東西の珍しい調度品、贅を尽くした着物の溢れる
一室に入ってきたのは
西海の鬼と名高い男。
かつて戦場であまねく兵がひれ伏すほどに神々しいと謳われた
毛利元就その人とは似ても似つかぬうろんな目で
元就は、いまや己を所有する鬼を見上げた。
事の次第はもう二月ほど前に遡る。
ある朝、瀬戸海から途方もない轟音が響いた。
何事かと思い、目を開けた元就の目の前には
信じられぬ惨状が広がっていた。
元親が完成した要塞「富嶽」でもって広島城に奇襲をかけ、
安芸の城下町を壊滅させたのだ。
不意を突かれた毛利軍は厳島に逃れるほかなくなり、
ようやく体勢を立て直し
いざ四国に向けて反撃を開始しようとした矢先。
元親はまるで待っていましたとばかりに
夜陰に紛れ、たった一人敵陣に乗り込んでくると
敵将元就を悲鳴一つ上げさせる間もなく攫ったのである。
輪刀を構えることすらままならず丸腰で、
平安の物語に登場する姫君よろしく抱えられ
目が覚めたときには
右足には鎖が巻き付いていて
この部屋に囚われていた。
その手腕は智将と名高い元就ですら舌を巻くほどの鮮やかさで、
初めから自分一人が狙いだったのだと
元就が気付くまでそう時間はかからなかった。
それがもう
二月も前の話。
もっとも最近の元就にもはや時間の感覚はない。
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