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私が近藤先生に引き取られたのは二年前の冬の日──近藤先生が試衞館を継ぐ半年程前の事だ。
私の家は流れ者の浪士──訛りや身形から考えると恐らくあれは長州辺りの脱藩浪士だろう──に襲われた。
元々が百姓の家系だ。
いくら多摩の百姓は多少の剣技は扱えたとはいえ、幾度と戦の経験があったであろう浪士には到底敵う筈も無い。
それを悟った父と母は裏戸から私だけを逃して……──。
半日程経ち、日も沈みきった頃に私はようやく隠れるのを止めて家へ走った。
──……死んでいるのは一目で分かった。
父も母も首が胴と切り離されていた。
父は抵抗したのだろう……鍬を強く握った右手は表戸の脇に投げ捨てられていた。
母は辱しめを受けたのだろう……着物の裾が乱雑に引き上げられて、死に顔は目を見開き涙の痕が見えた。
湧いてきたのは──怒り?
いや、違った。
大きく深い、底の無い虚無感だった。
頭が回らなかった。 既に遠くへ行ったであろう浪士を追うこともせずに、無惨に転がる父と母の頭を抱き寄せた。
──冷たかった。
昨日まで暖かかった彼等は、まるで蝋人形の様に硬く……冷たかった。
それから、私はどうしたのだろう?
気付けば何事も無かったかのように少し固い布団の中に居た。
父と母は、居なかった。
「……父様……母様……?」
「もう大丈夫だ。 名は何て言うんだ?」
その代わりに居たのは、大きな口を引き結び、少し口角を上げて微笑んでいる男性だった。
歳の頃は三十前半くらい……いや、横顔だけを見れば二十にも見えた。
「香取……実景です」
この男性が近藤先生だった。
近藤先生は道端で生首を抱えたまま倒れていた私をここまで運び、目が覚めるまでの三日間、寝ずに私に付き添ってくれていたと後に試衞館塾頭である沖田さんに教わった。
そして十四で身寄りを無くした私を、近藤先生は快く受け入れてくれた。
抱いていた父と母は、近藤先生が弔ってくれたらしい。 細かな事は聞けなかったが、その時の私にはそれだけで十分だった。
二年の歳月が経った今でも、両親を亡くした時の虚無感が時々襲い、途方もない苦しさに胸が締め付けられる時があるが、近藤先生が、試衞館の皆が私の傷を笑顔で埋めてくれる。
──私は今、幸せだ。
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