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そこに在ったのは、見たことのない光景だった。
ひとりの男性が大勢の男に向かって剣を振るっている……一見すれば圧倒的に不利な筈のその人が、隙も与えず男達に太刀を浴びせているのだ。
瞬き一つの間にも絶えず血飛沫が地面に降り注ぎ、耳には男達の醜い程の叫びが痛いくらいに届く。
一見すれば、地獄絵図だ。
だけど私の目はそれから離れることを許しはしてくれなかった。
風のように流れる剣筋なのに、どこか力強い。 重く見えるのに、速い。
近藤先生のとも、沖田さんのとも、土方さんのとも違う……なんだか、背筋が凍るような心持ちになってしまう。
それに、素性を隠すために巻いているのだろう黒布の隙間から見える目だって光も何も……今斬っている相手すら見えていないようでとても恐ろしく思えた。
大分人数も減ってきて、男性の体力も限界なのだろうか肩で息をし始めたその時、
「……!」
男性の背後で、倒れていた老人が起き上がった。 確か彼は抜き胴をくらっていた筈だが……少し浅かったのか内臓までは刃が届いていなかった様だ。
血は絶えず流したままに、老人は刀を杖にゆらりと起き上がった。
男性はどうやら気付いていないようだ。
私の頭に浮かぶのは二択──助けるか、助けないか。
余計な事に頭を突っ込みたくはないという卑怯な本心はあるが、不可抗力にしても助けてもらったにもかかわらず捨て行くのは駄目だという良心もある。
そんなことを考えている間にも老人は腕を震わせながらも刀を大上段に構えて近付いている。
あわよくば頭を頂からかち割るつもりなのか……。
「……あーもう!!」
──頭で考えてもしょうがない!!
私は勢い良く刀の柄を掴み、鯉口を切ると走り出した。
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