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繰り返し話しかけている内に、青年は少しだけ会話をしてくれるようになった。こんなに誰かと関わりたいと強く願ったのはいつぶりだろう。それも相手は男。俺、何してるのってな話。
「そういや、名前聞いてもいいかな」
自覚しても止める気は更々無かった。端から見れば変人だって、そんなことは解っている。いるけれど端から見る人間はいない訳で。
笑みと呼んでもいいものか、それすら曖昧な表情の変化を浮かべた。
「俺に聞いときながらあんたは名乗らないの?月並みな言い方ですけど」
彼は掴み所がない。そんな性格をしていた。
苦笑混じりに、溜め息をつく。まあもっともなご返事です。
「ああ、ごめん。ショウって呼んでくれたらいいから」
「ふーん…名前負けってな感じですね、ショウさん」
軽口を叩いて、青年は俺達の間に挟まるベランダの柵に手をかけた。名前負けって、いや、立派な名前をありがとう両親とは思うけど、なんて言い返せば何かしらぐさりとくる御言葉を頂けそうなので苦笑いに留めておこう。どっちにしろ言われたが。
青年は笑い疲れたのか、柵にある手を上げて空を見上げた。相変わらずの曇天。けれどその雲の裏には真夏の太陽が潜んでいるだけあって、外は非常に暑かった。彼の額から玉の様な汗が滑り落ちる。
「部屋に、入った方がいいんじゃないの?」
本心半分って所の悲しい台詞を投げ掛けて、苦笑い。彼はそれほどに消耗しているように見えた。身体、あんまり強い方じゃないんだなあ。なんて。
本心半分ってなとこは正に言い得て妙。もう半分はもう少し話したいっつーかなんつーか。青年はまた少し笑った。
「そうですね、雲が晴れそうだし」
晴天は身体に差し支えそうだ。と何も知らない俺が思うほど彼の顔色は芳しくない。それを伝えれば可笑しそうに笑って、ゆっくりと青年が立ち上がる。本当にゆっくり。ああ、お話はこれでおしまいか。少しばかり名残惜しくその姿を横目で見送る。窓を開ける寸前。彼は振り返りもう一度同じ笑みを俺に向けた。
「俺のことはカズって呼んでもいーですよ、ショウさん」
にやり。口角を持ち上げる。また話そう、と言われた気がして一寸こそばゆい。俺、一体どうしたんでしょうかね。
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