一つの章、黄金の夜明け

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──炎が踊る。赤、橙、あるいは青の色とりどりの炎が、夜の帳を抜けようとする街を彩っていた。  クルージュ=ナポカ市。ルーマニアはトランシルヴァニア地方の中心部に位置するクルージュ県の県都である。  ルーマニア国内の文化・教育・工業の中心の一つとして、ルーマニア第三位の人口を誇り、都内には多くの大学が集中する大学都市でもあった。 ──夜明けを間近に待ち、昼間は学生や労働者で賑わう街も未だに寝静まっている。 ──というのは、ほんの一時間ほど前まで。  戦争、占領の歴史によってハンガリー王国領、トランシルヴァニア公国などを経て、最終的にルーマニアに帰属した。  ビール醸造、木製家具製造、乳製品加工、毛織物生産が行われ、近年は通信情報産業も盛んだ。また国際空港を備える交通の要衝でもある。 ──つい先ほどまで、街は怒号と悲鳴の只中にあった。  煌々と夜空を照らす松明のように燃え上がっているのは、アヴラム・イアンク広場にて悠然と佇む生神女就寝大聖堂。  すなわち、永遠の眠りに就いた生神女を祭る記憶を収めた正教会の聖堂である。  神の子を生んだ聖母への信仰が作り上げた白亜荘厳たる大聖堂は、留まることを知らぬ大火に包まれていた。  大火事に見舞われた聖堂のもとに人は一人たりとも存在しない。  教会の関係者も、消火に駆け付けるべき消防隊も、野次馬すら。  ただ、広場を見渡せば炎の恩恵によって見ることが叶うだろう。広場に死屍累々と連なる骸の群れ。  彼らはすでに人にあらず。最早物言わぬ肉の塊であった。  死人の肉を薪に、その魂を浄化するかのように聖堂は燃え続く。  空気さえ黙り込み、雲も無言の内に足早く去っていく。動くものは焔のみ。  そう思われた死者の国の門前広場で、大きく動いた者がいた。
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