炎天下、西よりの来訪者

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 眼帯のない右目はアメジストのような紫色。深い青が、光の加減で幻想的な色彩を醸し出している。  多種多様な人々がごった返す空の港で、衆人環視の中をさして気にした風もなく、平然と歩いて行く少年に誰もが目を奪われた。  必要な諸々の手続きを済ませ、預けた荷物のトランクを受け取る。ネームプレートには『アーサー・トレイシー』の記名。  迷いのない足取りで歩き、ターミナルを出ようというところで立ち止まると、少年は上着のポケットから手帳を取り出した。  パラパラとめくって目的のページを開く。そこには個性的な英字でいくつかの固有名称が綴られていた。  ──ニイカミ──スサノオ──フルガヤカズオミ。  一緒に挟まれていた重要人物と目される日本人の少年の顔写真を確認して、眼帯の少年は薄く笑みを浮かべた。  それは、まだ見ぬ友との出会いを間近に、抑えきれぬ歓喜の綻びである。  それは、いずれ見える敵と闘争への、堪えようのない愉悦の歪みである。  アーサー・トレイシー。欧州で広く名を馳せる“錬金術師”にして、エジプトの地にて月の神格を殺害して王者に名を連ねし少年。  神を殺めし異国の魔王が、日本に到来した。  新神市、中央区。大型店や企業の社屋が立ち並ぶ、地方都市新神の中心地である。  昼夜問わずに市内で最も人口密度が高く、市庁舎も置かれる市の心臓部だ。  古我屋和臣が座っているのは、そんな都心の喧騒を離れた東守区の一角に看板を置く昔ながらの喫茶店だった。  昭和から続くという店の歴史は古いが、店内は手入れの整った心地の良い空間であり、店主の人柄を如実に表している。  近所だということもあって祖父である和成のお気に入りであり、幼いころから連れられてよく来ていた和臣にとっても顔馴染みの店である。  どこかノスタルジックな内装の店内はカウンター席と、対面の小階段の上にテーブル席がいくつかあり、和臣達は一番奥のテーブル席を占領していた。  氷の詰め込まれたビニール袋を外れかけた顎に当てて冷やす和臣と、その横に座って対面の人物を油断なく睨む十華。
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