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どうやら、この赤い少女の外見に関わる単語──小さい、お嬢ちゃんなど──は禁句であるらしい。命を守るためにも得た情報を心に刻みつつ、和臣は気分を改めて咳払いする。
「それで、ローラ。この店の料理はどうだよ? 美味いだろう?」
この小柄な女の子にノックダウンさせられたというトラウマ級の一悶着から和臣が回復したのは、気を失ってから数分もしない内だった。
気がついた和臣の目前では、昼間の繁華街を一時騒然とさせる事態が展開していた。
不動明王の如き烈怒の炎を背景に、倒れた和臣に追撃しようと拳を握りしめるローラと、悪鬼羅刹から主を守らんと立ちはだかる十華。
異常事態を前に、善良な一般市民は遠巻きに推移を窺っていた。事情を把握してからの和臣の行動は早かった。自分で自分を称賛したいくらいだ。
なんとか二人を宥めてその場を離脱し、落ち着ける場所として古馴染みの喫茶店まで避難したのである。
色々と詮索してくる店主を黙らせてカウンターに押し込め、奥に引っ込んだという具合だ。
その過程で簡単な自己紹介とローラの素性の把握は済ませている。こちらの紹介は、単純に学校の先輩後輩という関係性で留めておいた。
ローラは日本語が堪能だ。発音や文法も完璧。ただし、少々日本語に誤解があるのか、えらく尊大だったり攻撃的だったりするが。
注文した数々の料理のほとんどを平らげてから、ローラはスプーンをくわえて眉根を寄せた。
「変な味です」
「言うに事欠いてそれかよ……」
「馴染みのない味ってことです。この、しょーゆソース? 日本の味覚は独特ですね」
国が違うのだから、味覚に差異があってもおかしくはないのだろうが……さんざん食べて満足げな顔しておいてその感想はどうなのだろう。
食後のコーヒーを啜ると一息ついたようで、ローラはこほんと可愛らしく咳払いして話を本題に持ち込んだ。
「ご馳走様です」
「いや、奢ってないよ!」
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