炎天下、西よりの来訪者

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 譽家は九州防衛の防人の役を担い、大宰府を裏で牛耳った“守護”の家柄だ。江戸時代には御庭番に暗躍の場を移したこともあった。  政と密接な関係にある呪いを司る四月朔日とは切っても切れない縁を持つ。  その純和風造りの屋敷の棟に囲まれた中庭に、そこだけは屋敷の全容に全くそぐわない違和感の塊のような洋風の空間が存在する。  西洋のテラスをイメージして配置された白いテーブルとチェア。観葉植物と花々。  しかし和服の侍女たちが運んできたのは、匠が生みだした年代物の茶碗に注がれた、湯気立つ緑茶だった。  目の前にそっと置かれた、千利休が使ったという茶器を見下ろして、四月朔日氷怜(わたぬきひれい)はこれまで閉ざしていた口を、屋敷を訪れてから初めて開いた。 「……何だ、これは」  夏の日差しを取り入れる吹き抜けの中庭。体内の水分を沸騰させるような大気の熱を根こそぎ刈り取るような冷たい声。この少年は汗一つかいてはいない。  冷気と氷結を操る術を得意分野とする氷怜にとっては、体感温度の調節など造作もないことだ。たとえ砂漠を歩いても、熱に苦しむことはないだろう。  ほとんどの学校が夏休みを迎えたというのに白いシャツと黒のスラックス、青いネクタイという制服姿の学生に答えたのは、真向かいに座る女性だった。 「おーいお茶。――を温めたやつ。見て分からんか?」 「分かるか。このくそ暑いのに何故ホットなんだ。客をもてなす気ないだろ」 「冷血漢が文句を垂れよる。ぬしはマグマを出されても平気で飲むじゃろう」 「誰が飲むかッ」  冷静沈着。冷淡ですらある弱冠の四月朔日家当主が珍しく声を荒げる。少なくとも近くに人はいないため、ある程度は感情任せに言葉を出すことが出来るからだ。  当然の不平を飄々と流していく女に、氷怜はこれまで口で勝ったことが無い。何を言ってもサラリと受け流す余裕を常に崩さないこの女相手には、無駄口を叩かない方が無難である。  ……ということは理解している氷怜だが、つつき回されて耐えられなくなるのが毎度だ。  和風の屋敷、様式のテラスで湯気立つ緑茶を啜るのは、浴衣を着崩した年若い娘だった。
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