一つの章、黄金の夜明け

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 その者は人の形をして、大きく振り上げた両腕を精一杯に伸ばしてのけ反る。  共に吐き出されるのは、状況にはそぐわない呑気な大欠伸だ。  まさか広場に寝泊まりするホームレスではなかろう。かといって、倒れ伏す朗党の中でただ一人眠っていたわけでもない。  彼だけが、その場にただひとりの生者であった。  だが炎に焦がれる聖堂のもとに、人はただの一人も存在しない。  ならば、生きて動く彼は何者であるのか?  揺れる火の穂の光を反射して炎同様に燃えるような髪の下で、紫色の眼は薄闇に一点のみ輝く。 「いやー……派手にやったなァ」  それまで欠伸でしか開かなかった口が、クイーンズ・イングリッシュで素直な感想を漏らした。  聖堂が燃えるという大事件を前に、死の淵に横たわる人々を前に、あまりにも平常過ぎる声だった。 「──何を他人事のように言っているのよ。全部あなたがやったことでしょう」  感想に対して、呆れと怒りをない交ぜにした声が返ってきた。  唯一の生者であった──青年が紫眼をそちらに向ける。女性が靴音を響かせてやってくる。  いや、女性と言うべきなのか? 性別は女であるのだが、より正確に言うのなら、少女だろう。  年の頃は十代前半ほど。背丈は低く、華奢な肢体は肉付きも薄い。青年の目から見れば起伏も少なめだ。  炎を映して燃えるように輝く赤髪を背に揺らしながら、少女は青年の前に立った。  この距離からなら陰になっていてもよく分かる。少女の、妖精のような可憐な顔立ち。  よく知るその人物に、青年は極めて明るい声を出した。
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