一つの章、黄金の夜明け

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「……まあ、今に始まったことじゃないから、あえてお説教は保留しておくわ」 「ありがと」 「いい笑顔で感謝するな。──ともかく、すぐに議会に報告して、事態を収拾しないと」 「いつも悪いなァ。面倒事ばっかり押しつけちゃってさ」 「少しでもそう思うのなら、あの炎の中に飛び込んでくれないかしら?」  満面の笑顔で、親指で背後に炎上する建築物を指差す少女。  まるで迦楼羅炎を背負う不動明王のような迫力に青年はたじろいだ。  ふざけ過ぎた? 特有の勘の良さで身の危険を察知して一歩後ずさる。 「まったく、少し目を離すとすぐこれだから……」  やがて、文句を言いつつ携帯電話を取り出してコールし始めた少女。  その様子を横目に見ながら、青年は自らのズボンの後ろポケットから財布を抜き出した。  中身を改めると、紙幣と硬貨を合わせて現金がそれなりに入っていた。  カードもあるが、これはすぐに足がつく。出来れば使用は避けたい。  少女の意識が現状報告の為に、燃え盛る大聖堂に向いているのを確認してふらりと歩きだす。  足取りは王様のように堂々と、神官のようにゆったりと、泥棒のように静かに。  数十秒後。アヴラム・イアンク広場、その周辺に青年の姿は影も形も存在しなかった。  死と破壊の大惨事のみを足跡に残して。  青年が去ったのを見計らったように、東の端から黄金色に輝く日輪の欠片が顔を出そうとしていた。
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