..Chapter000,

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   お母さんは、好きなランドセルを選びなさいと言った。わたしはキャッキャキャッキャと売り場を走り回り、何度も何度も往復して、30分かけてやっと、気に入るひとつを見つけた。表面につややかな光沢のある、漆黒のランドセル。  これが欲しい、と言いかけたわたしの手を、お母さんは強くひいた。 「それは、男の子のよ。女の子のは、こっち」  お母さんはわたしを、赤やピンクといった色鮮やかなランドセルが並ぶほうへと連れて行った。吸い込まれそうな黒のランドセルを、わたしの目はすぐに捉えた。そして、視線をがっしりと掴んで、放してはくれない。それは別格で、なにか特別なものみたいにぎらぎらと輝いているように見えた。あのランドセルの艶やかさに心を奪われた、そう言ってはならないと、お母さんの表情を見て判断した。それから、目の前にあったワインレッドのランドセルを指さした。 「これがいいな」  さっきまでひょこひょこと弾んでいたのが嘘のようなしらけた声で、わたしはそう言ってざらざらとした感触のランドセルを一生懸命抱えあげると、ぎゅっと抱きしめた。  
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