遠い日の記憶

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島崎のリードは素晴らしいもので、3回表が終わっても桜見大にヒットを1本も許していなかった。 きっと、左投げでなかったのなら、有名高校から声がかかっていたに違いない。 だが、彼は左投げ。 それが、現実。 中学最後の大会が終わった後、東は島崎に聞いた事がある。 「左なのに、キャッチャーで良かったの?」 今更だったが、聞いてみたくなった。 その時、島崎は笑ってこう言ったものである。 「いいよ。だって、キャッチャー楽しいもん」 実に単純な答えだった。 島崎の頭の中には、左投げだから不利だとか、そういった考えはまったく無かった。 ただ単純に、キャッチャーが楽しいだけ。 だから、高校でもキャッチャーをやりたかったのだ。 島崎の高校は、頭の良い者ばかりが集まるちょっとした有名市立高校だ。 部員は現1・2・3年生を合わせても、12人という少なさ。 桜見大と変わらない人数だった。 島崎が高校に入学する頃には、3年生にはキャッチャー不在。 2年生には1人。 あとは、新入部員の中に、自分の他に何人キャッチャー志望がいるか。 だからこそ、この高校を選んだのだ。 キャッチャーのイスを取りやすいから。 島崎の選択は正解だった。 島崎と一緒に入部したのは、ピッチャー志望の奴と、まったくの素人。 2年生の、部内ただ一人のキャッチャーも、大した事はなかった。 紅白戦で島崎の実力を見た2年生のキャッチャーは、自分からサードへの移動を申し出たくらいである。 もともと、勉学に力を入れている市立高校に通っているような奴だ。 勉強の合間に、息抜きとして野球をやっている程度なのだろう。 自分のポジションに、特にこだわりは無いようだった。 島崎は簡単に自分のポジションを譲るその根性を理解しかねたが、もらえるものなら、とキャッチャーの座を手に入れたのである。 「こりゃあ、初戦くらい勝てるかもな?」 いつか、大荷第一のキャプテンが、そう言って笑っていた。 が、まさか3回戦までくるとは思っていなかっただろう。 なぜ自分がここにいるのか、いまだに理解できていないように見える選手もいた。        * パシンッ! 島崎以外は大した事ない。 今だって、この回の先頭バッターの小野寺を三振に取れた。 決してナメているわけではないが、やはり実力は無い。
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