遠い日の記憶

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「あ。修吾たちのチーム、作戦会議始めたっぽい」 大荷第一のベンチを見ていた倉橋が、突然そう言った。 東はそれを聞いても、ベンチに腰掛け、上を向いたまま「気にしない気にしない」と言った。 「ウチはウチ色」 訳の分からない理由で、ただ雨を眺めているだけだった。 「おい、こっちも作戦を練るぞ」 新谷の呼び掛けに、東以外の皆は集まった。 「おい、東」 新谷が、お前も来い、といった目で東を見た。 だが、東は動こうとしない。 新谷は顔をしかめ、東の頭に拳骨を落とした。 「いって!何すんだよ!」 「作戦練るぞ」 「……ったく」 東は渋々立ち上がる。 皆がひとつの場所に集まった。 「で、主軸の島崎をどうするかだ」 新谷が率先して問題を提示する。 「ほい!」 倉橋が手を上げた。 「はい、倉橋」 「敬遠」 「有りかもな。でも、こっちの攻撃はどうする?あいつのリードのせいで、こっちはまだヒット出てないんだぜ?」 ムムムッ…と皆が唸る。 すると、意外な人物が手を上げた。 「あ、あの…」 その声の主に、一斉に視線が集まった。 「小波か。何だ?」 「素人意見なんだけど、バントなんてどうかな?」 それを聞いた皆の視線が、今度は新谷に集中する。 どうなんだ?という目だ。 新谷は腕を組み、下を向いて「それも有りかな…」とブツブツ言っている。 しばらくして、新谷は顔を上げた。 「なあ、東。お前はどう思う……あ"?」 新谷の目が細くなった。 東が話も聞かず、雨雲を睨んでいたからだ。 「お前、さっきからおかしいぞ。どうした?」 新谷の問いにも、返事は無い。 「何かね、中学の時に修吾から聞いた事ある。雨の日の試合は、東の機嫌が悪くなるんだって」 答えない東に代わって倉橋が代弁した。 新谷は「何で?」と、倉橋に聞く。 倉橋は「さあ?」と答えた。 役に立たない奴である。 見兼ねた春が東の隣りに座った。 「東君。機嫌、悪いの?」 少し離れた場所で見ていた倉橋が、「結構ストレートに聞くな」とつぶやいた。 東は春の問いに、面白くなさそうな顔をしている。 東が春の前でそういう態度を取るのは、初めてだった。
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