遠い日の記憶

5/11
前へ
/269ページ
次へ
「別に。ただ、雨の日だとボールが滑るんだよ。思った所に投げらんないから、投げててイライラする」 「そんな理由かよ」と、横から新谷の声が聞こえた。 だが、東にとっては深刻な問題らしい。 再び雨雲を睨み始めた。 「え、でも、投げる時には雨止んでるんじゃないの?」 「違うよ、春ちゃん。雨が弱くなって、審判のおっさんたちが“試合が出来る”って判断したら再開なんだ。再開しても、雨は降ってたりするよ」 「あ、そうなんだ」 「だから、雨止め~!って雨雲睨んでるの」 それを聞いた春は、東と並んで雨雲を睨み始めた。 「あいつら、なかなか面白い奴らだな」 安藤先生が、新谷の横でつぶやいた。 新谷も呆れ顔で2人を見ていた。 すると、舞が春に話しかけた。 「何してんですか、小波さん?」 「あ、舞ちゃん。あのね、雨雲を睨んでどっか行ってもらおう、って作戦」 「なるほど、新しいですね。時代の最先端を行ってますね。では失礼して……」 そうして舞も睨みだした。 それを見ていた安藤先生は、至って真面目な顔をする。 「あいつら、なかなか面白い奴らだな」 横にいる新谷は、ため息をついた。 やってられない、とベンチに浅く腰掛ける。 それを起に、他の皆もダラダラし始めた。 一時中断とはいえ、まだ試合中だ。 なのにこの態度とは、まったく桜見大というのはとんでもない学校である。 「雨、止まないね」 雨雲を睨んでいた春がぼそりと言った。 当たり前だろう。 睨んで止むなら、プロ野球に“雨天中止”なんてものは無い。 「向こうは本格的な作戦会議だね」 舞もぼそりとつぶやく。 東は「普通はああだよな」と笑った。 たしかに、大荷第一のベンチはキャプテンらしき人物が前に立ち(監督は野球を知らないので見ているだけ)、各々選手たちが意見を述べているように見える。 あれが当たり前の光景だろう。 でも、東は言う。 「ウチはウチ色」 「東君、さっきも言ってたねそれ。どういう意味?」 「ん?ウチはウチって事」 「なるほど」 そして春は、ジッ…と雨雲を睨み続けた。 が、さすがに首が疲れる。 春は目線を落とした。 その時、向こう側のベンチにいる島崎が目に入った。
/269ページ

最初のコメントを投稿しよう!

158人が本棚に入れています
本棚に追加