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ドレスの裾を踏まないように、そっと歩み寄って来た彼女は、俯いたままの俺の頬に唇を押し付けた。
「バッ!バカ!何すんだよ!」
椅子から転げ落ちそうなほど動揺した俺。
なのに、彼女は平然と冷笑している。
「あの人、出張多いから…また付き合ってよね」
俺は…頭がおかしくなりそうだった。
あんな修羅場を経験したのに…
今日という日が俺らにとってどんな意味があるのか十分すぎるくらいわかっているはずなのに…
あんた一体…!
一言でいいから罵倒してやろうと意気込んで顔を上げると…
いきなり彼女は俺の唇を貪った。
まるで、綺麗に塗った口紅を拭うかのように、強く唇を押し付けてきた。
そして…
気が済んだのか、ひらひらと手を振りながら出て行った。
ほんの一瞬の出来事で、俺の心はざわめき、封印したはずの想いが胸に去来した。
「女って…怖え~!」
俺は唇についたまろやかな味の紅を、手の甲で乱暴に拭い去った。
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